第一章 六条御息所の物語 秋の別れと伊勢下向の物語
4.
斎宮、宮中へ向かう
本文 |
現代語訳 |
十六日、桂川にて御祓へしたまふ。常の儀式にまさりて、長奉送使など、さらぬ上達部も、やむごとなく、おぼえあるを選らせたまへり。院の御心寄せもあればなるべし。出でたまふほどに、大将殿より例の尽きせぬことども聞こえたまへり。「かけまくもかしこき御前にて」と、木綿につけて、 |
十六日、桂川でお祓いをなさる。慣例の儀式より立派で、長奉送使など、その他の上達部も身分高く、世間から評判の良い方をお選びさせた。院のお心遣いもあってのことであろう。お出になる時、大将殿から例によって名残尽きない思いのたけをお申し上げなさった。「恐れ多くも、御前に」と言って、木綿に結びつけて、 |
「鳴る神だにこそ、 八洲もる国つ御神も心あらば 飽かぬ別れの仲をことわれ 思うたまふるに、飽かぬ心地しはべるかな」 とあり。いとさわがしきほどなれど、御返りあり。宮の御をば、女別当して書かせたまへり。 |
「雷神でさえも、 大八洲をお守りあそばす国つ神もお情けがあるならば 尽きぬ思いで別れなければならいわけをお聞かせ下さい どう考えてみても、満足しない気が致しますよ」 とある。とても取り混んでいる時だが、お返事がある。斎宮のお返事は、女別当にお書かせになっていた。 |
「国つ神空にことわる仲ならば なほざりごとをまづや糾さむ」 大将は、御ありさまゆかしうて、内裏にも参らまほしく思せど、うち捨てられて見送らむも、人悪ろき心地したまへば、思しとまりて、つれづれに眺めゐたまへり。 |
「国つ神がお二人の仲を裁かれることになったならば あなたの実意のないお言葉をまずは糺されることでしょう」 大将は、様子を見たくて、宮中にも参内したくお思いになるが、振り捨てられて見送るようなのも、人聞きの悪い感じがなさるので、お思い止まりになって、所在なげに物思いに耽っていらっしゃった。 |
宮の御返りのおとなおとなしきを、ほほ笑みて見ゐたまへり。「御年のほどよりは、をかしうもおはすべきかな」と、ただならず。かうやうに例に違へるわづらはしさに、かならず心かかる御癖にて、「いとよう見たてまつりつべかりしいはけなき御ほどを、見ずなりぬるこそねたけれ。世の中定めなければ、対面するやうもありなむかし」など思す。 |
斎宮のお返事がいかにも成人した詠みぶりなのを、ほほ笑んで御覧になった。「お年の割には、人情がお分かりのようでいらっしゃるな」と、お心が動く。このように普通とは違っためんどうな事には、きっと心動かすご性分なので、「いくらでも拝見しようとすればできたはずであった幼い時を、見ないで過ごしてしまったのは残念なことであった。世の中は無常であるから、お目にかかるようなこともきっとあろう」などと、お思いになる。 |