第六章 光る源氏の物語 女三の宮の六条院降嫁
9. 朱雀院、紫の上に手紙を贈る
本文 |
現代語訳 |
院の帝は、月のうちに御寺に移ろひたまひぬ。この院に、あはれなる御消息ども聞こえたまふ。姫宮の御ことはさらなり。 |
院の帝は、その月のうちにお寺にお移りになった。こちらの院に、情のこもったお手紙を何度も差し上げなさる。姫宮の御事は言うまでもない。 |
わづらはしく、いかに聞くところやなど、憚りたまふことなくて、ともかくも、ただ御心にかけてもてなしたまふべくぞ、たびたび聞こえたまひける。されど、あはれにうしろめたく、幼くおはするを思ひきこえたまひけり。 |
気を遣って、どのように思うかなどと、遠慮なさることもなく、どうなりと、ただお心次第にお世話くださいますように、度々お申し上げなさるのであった。けれども、身にしみて後ろ髪引かれる思いで、幼くていらっしゃるのを御心配申し上げなさるのでもあった。 |
紫の上にも、御消息ことにあり。 |
紫の上にも、お手紙が特別にあった。 |
「幼き人の、心地なきさまにて移ろひものすらむを、罪なく思しゆるして、後見たまへ。尋ねたまふべきゆゑもやあらむとぞ。 |
「幼い人が、何のわきまえもない有様でそちらへ参っておりますが、罪もないものと大目に見ていただき、お世話ください。お心にかけてくださるはずの縁もあろうかと存じます。 |
背きにしこの世に残る心こそ 入る山路のほだしなりけれ |
捨て去ったこの世に残る子を思う心が 山に入るわたしの妨げなのです |
闇をえはるけで聞こゆるも、をこがましくや」 |
親心の闇を晴らすことができずに申し上げるのも、愚かなことですが」 |
とあり。大殿も見たまひて、 |
とある。殿も御覧になって、 |
「あはれなる御消息を。かしこまり聞こえたまへ」 |
「お気の毒なお手紙よ。謹んでお承りした旨を差し上げなさい」 |
とて、御使にも、女房して、土器さし出でさせたまひて、しひさせたまふ。「御返りはいかが」など、聞こえにくく思したれど、ことことしくおもしろかるべき折のことならねば、ただ心をのべて、 |
とおっしゃって、お使いにも、女房を通じて、杯をさし出させなさって、何杯もお勧めになる。「お返事はどのように」などと、申し上げにくくお思いになったが、仰々しく風流めかすべき時のことでないので、ただ心のままを書いて、 |
「背く世のうしろめたくはさりがたき ほだしをしひてかけな離れそ」 |
「お捨て去りになったこの世が御心配ならば 離れがたいお方を無理に離れたりなさいますな」 |
などやうにぞあめりし。 |
などというようにあったらしい。 |
女の装束に、細長添へてかづけたまふ。御手などのいとめでたきを、院御覧じて、何ごともいと恥づかしげなめるあたりに、いはけなくて見えたまふらむこと、いと心苦しう思したり。 |
女の装束に、細長を添えてお与えになる。ご筆跡などがとても立派なのを、院が御覧になって、万事気後れするほど立派なような所で、幼稚にお見えになるだろうこと、まことにお気の毒に、お思いになっていた。 |