第二章 光る源氏の物語 住吉参詣
7. 終夜、神楽を奏す
本文 |
現代語訳 |
夜一夜遊び明かしたまふ。二十日の月はるかに澄みて、海の面おもしろく見えわたるに、霜のいとこちたく置きて、松原も色まがひて、よろづのことそぞろ寒く、おもしろさもあはれさも立ち添ひたり。 |
一晩中神楽を奏して夜をお明かしなさる。二十日の月が遥かかなたに澄み照らして、海面が美しく見えわたっているところに、霜がたいそう白く置いて、松原も同じ色に見えて、何もかもが寒気をおぼえる素晴らしさで、情趣の深さも一入に感じられる。 |
対の上、常の垣根のうちながら、時々につけてこそ、興ある朝夕の遊びに、耳古り目馴れたまひけれ、御門より外の物見、をさをさしたまはず、ましてかく都のほかのありきは、まだ慣らひたまはねば、珍しくをかしく思さる。 |
対の上は、いつものお邸の内にいらしたまま、季節季節につけて、興趣ある朝夕の遊びに、耳慣れ目馴れていらっしゃったが、御門から外の見物を、めったになさらず、ましてこのような都の外へお出になることは、まだご経験がないので、物珍しく興味深く思わずにはいらっしゃれない。 |
「住の江の松に夜深く置く霜は 神の掛けたる木綿鬘かも」 |
「住吉の浜の松に夜深く置く霜は 神様が掛けた木綿鬘でしょうか」 |
篁の朝臣の、「比良の山さへ」と言ひける雪の朝を思しやれば、祭の心うけたまふしるしにやと、いよいよ頼もしくなむ。女御の君、 |
篁朝臣が、「比良の山さえ」と言った雪の朝をお思いやりになると、ご奉納の志をお受けになった証だろうかと、ますます頼もしかった。女御の君、 |
「神人の手に取りもたる榊葉に 木綿かけ添ふる深き夜の霜」 |
「神主が手に持った榊の葉に 木綿を掛け添えた深い夜の霜ですこと」 |
中務の君、 |
中務の君、 |
「祝子が木綿うちまがひ置く霜は げにいちじるき神のしるしか」 |
「神に仕える人々の木綿鬘と見間違えるほどに置く霜は 仰せのとおり神の御霊験の証でございましょう」 |
次々数知らず多かりけるを、何せむにかは聞きおかむ。かかるをりふしの歌は、例の上手めきたまふ男たちも、なかなか出で消えして、松の千歳より離れて、今めかしきことなければ、うるさくてなむ。 |
次々と数え切れないほど多かったのだが、どうして覚えていられようか。このような時の歌は、いつもの上手でいらっしゃるような殿方たちも、かえって出来映えがぱっとしないで、松の千歳を祝う決まり文句以外に、目新しい歌はないので、煩わしくて省略した。 |