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第三章 中の君の物語 中の君と匂宮との結婚   

1. 薫、匂宮を訪問   

 

本文

現代語訳

 三条宮焼けにし後は、六条院にぞ移ろひたまへれば、近くては常に参りたまふ。宮も、思すやうなる御心地したまひけり。紛るることなくあらまほしき御住まひに、御前の前栽、他のには似ず、同じ花の姿も、木草のなびきざまも、ことに見なされて、遣水に澄める月の影さへ、絵に描きたるやうなるに、思ひつるもしるく起きおはしましけり。

 三条宮邸が焼けた後は、六条院に移っていらっしゃったので、近くていつも参上なさる。宮も、お望みどおりの思いでいらっしゃるのであった。雑事にかまけることもなく理想的なお住まいなので、お庭先の前栽が、他の所のとは違って、同じ花の恰好も、木や草の枝ぶりも、格別に思われて、遣水に澄んで映る月の光までが、絵に描いたようなところに、予想どおりに起きておいでになった。

 風につきて吹き来る匂ひの、いとしるくうち薫るに、ふとそれとうち驚かれて、御直衣たてまつり、乱れぬさまに引きつくろひて出でたまふ。

 風に乗って吹いてくる匂いが、たいそうはっきりと薫っているので、ふとその人と気がついて、お直衣をお召しになり、きちんとした姿に整えてお出ましになる。

 階を昇りも果てず、ついゐたまへれば、「なほ、上に」などものたまはで、高欄によりゐたまひて、世の中の御物語聞こえ交はしたまふ。かのわたりのことをも、もののついでには思し出でて、「よろづに恨みたまふも、わりなしや。みづからの心にだにかなひがたきを」と思ふ思ふ、「さもおはせなむ」と思ひなるやうのあれば、例よりはまめやかに、あるべきさまなど申したまふ。

 階を昇り終えず、かしこまりなさっていると、「どうぞ、上に」などともおっしゃらず、高欄に寄りかかりなさって、世間話をし合いなさる。あの辺りのことも、何かの機会にはお思い出しになって、「いろいろとお恨みになるのも無理な話である。自分自身の思いさえかないがたいのに」と思いながら、「そうなってくれればいい」と思うようなことがあるので、いつもよりは真面目に、打つべき手などを申し上げなさる。

 明けぐれのほど、あやにくに霧りわたりて、空のけはひ冷やかなるに、月は霧に隔てられて、木の下も暗くなまめきたり。山里のあはれなるありさま思ひ出でたまふにや、

 明け方の薄暗いころ、折悪く霧がたちこめて、空の感じも冷え冷えと感じられ、月は霧に隔てられて、木の下も暗く優美な感じである。山里のしみじみとした様子をお思い出しになったのであろうか、

 「このころのほどは、かならず後らかしたまふな」

 「近々のうちに、必ず置いておきなさるな」

 と語らひたまふを、なほ、わづらはしがれば、

 とお頼みなさるのを、相変わらず、うるさがりそうにするので、

 「女郎花咲ける大野をふせぎつつ

   心せばくやしめを結ふらむ」

 「女郎花が咲いている大野に人を入れまいと

   どうして心狭く縄を張り廻らしなさるのか」

 と戯れたまふ。

 と冗談をおっしゃる。

 「霧深き朝の原の女郎花

   心を寄せて見る人ぞ見る

 「霧の深い朝の原の女郎花は

   深い心を寄せて知る人だけが見るのです

 なべてやは」

 並の人には」

 など、ねたましきこゆれば、

 などと、悔しがらせなさると、

「あな、かしかまし」

 「ああ、うるさいことだ」

と、果て果ては腹立ちたまひぬ。

と、ついにはご立腹なさった。

 年ごろかくのたまへど、人の御ありさまをうしろめたく思ひしに、「容貌なども見おとしたまふまじく推し量らるる、心ばせの近劣りするやうもや」などぞ、あやふく思ひわたりしを、「何ごとも口惜しくはものしたまふまじかめり」と思へば、かの、いとほしく、うちうちに思ひたばかりたまふありさまも違ふやうならむも、情けなきやうなるを、さりとて、さはたえ思ひ改むまじくおぼゆれば、譲りきこえて、「いづ方の恨みをも負はじ」など、下に思ひ構ふる心をも知りたまはで、心せばくとりなしたまふもをかしけれど、

 長年このようにおっしゃるが、どのような方か気がかりに思っていたが、「器量などもがっかりなさることもないと推量されるが、気立てが思ったほどでないかも知れない」などと、ずっと心配に思っていたが、「何事も失望させるようなところはおありでないようだ」と思うと、あの、おいたわしくも、胸の中にお計らいになった様子と違うようなのも、思いやりがないようだが、そうかといって、そのようにまた考えを改めがたく思われるので、お譲り申し上げて、「どちらの恨みも負うまい」などと、心の底に思っている考えをご存知なくて、心狭いとおとりになるのも面白いけれど、

 「例の、軽らかなる御心ざまに、もの思はせむこそ、心苦しかるべけれ」

 「いつもの、軽々しいご気性で、物思いをさせるのは、気の毒なことでしょう」

 など、親方になりて聞こえたまふ。

 などと、親代わりになって申し上げなさる。

 「よし、見たまへ。かばかり心にとまることなむ、まだなかりつる」

 「よし、御覧ください。これほど心にとまったことは、まだなかった」

 など、いとまめやかにのたまへば、

 などと、実に真面目におっしゃるので、

 「かの心どもには、さもやとうちなびきぬべきけしきは見えずなむはべる。仕うまつりにくき宮仕へにこそはべるや」

 「あのお二方の心には、それならと承知したような様子には見えませんでした。お仕えしにくい宮仕えでございます」

 とて、おはしますべきやうなど、こまかに聞こえ知らせたまふ。

 と言って、お出ましになる時の注意などを、こまごまと申し上げなさる。


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