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第六章 大君の物語 大君の病気と薫の看護   

2. 大君、匂宮と六の君の婚約を知る   

 

本文

現代語訳

 またの朝に、「すこしもよろしく思さるや。昨日ばかりにてだに聞こえさせむ」とあれば、

 翌朝、「少しはよくなりましたか。せめて昨日ぐらいにお話し申し上げたい」というので、

 「日ごろ経ればにや、今日はいと苦しくなむ。さらば、こなたに」

 「数日続いたせいか、今日はとても苦しくて。それでは、こちらに」

 と言ひ出だしたまへり。いとあはれに、いかにものしたまふべきにかあらむ、ありしよりはなつかしき御けしきなるも、胸つぶれておぼゆれば、近く寄りて、よろづのことを聞こえたまひて、

 とお伝えになった。たいそうおいたわしく、どのような具合でいらっしゃるのか。以前よりは優しいご様子なのも、胸騷ぎして思われるので、近くに寄って、いろいろのことを申し上げなさって、

 「苦しくてえ聞こえず。すこしためらはむほどに」

 「苦しくてお返事できません。少しおさまりましてから」

 とて、いとかすかにあはれなるけはひを、限りなく心苦しくて嘆きゐたまへり。さすがに、つれづれとかくておはしがたければ、いとうしろめたけれど、帰りたまふ。

 と言って、まことにか細い声で弱々しい様子を、この上なくおいたわしくて嘆いていらっしゃった。そうはいっても、所在なくこうしておいでになることもできないので、まことに不安だが、お帰りになる。

 「かかる御住まひは、なほ苦しかりけり。所さりたまふにことよせて、さるべき所に移ろはしたてまつらむ」

 「このようなお住まいは、やはりお気の毒です。場所を変えて療養なさるのにかこつけて、しかるべき所にお移し申そう」

 など聞こえおきて、阿闍梨にも、御祈り心に入るべくのたまひ知らせて、出でたまひぬ。

 などと申し上げおいて、阿闍梨にも、御祈祷を熱心にするようお命じになって、お出になった。

 この君の御供なる人の、いつしかと、ここなる若き人を語らひ寄りたるなりけり。おのがじしの物語に、

 この君のお供の人で、早くも、ここにいる若い女房と恋仲になっているのであった。それぞれの話で、

 「かの宮の、御忍びありき制せられたまひて、内裏にのみ籠もりおはします。左の大殿の君を、あはせたてまつりたまへるなる。女方は、年ごろの御本意なれば、思しとどこほることなくて、年のうちにありぬべかなり。

 「あの宮が、ご外出を禁じられなさって、内裏にばかり籠もっていらっしゃいます。左の大殿の姫君を、娶せ申しなさるらしい。女方は、長年のご本意なので、おためらいになることもなくて、年内にあると聞いている。

 宮はしぶしぶに思して、内裏わたりにも、ただ好きがましきことに御心を入れて、帝后の御戒めに静まりたまふべくもあらざめり。

 宮はしぶしぶとお思いで、内裏辺りでも、ただ好色がましいことにご熱心で、帝や后の御意見にもお静まりそうもないようだ。

 わが殿こそ、なほあやしく人に似たまはず、あまりまめにおはしまして、人にはもて悩まれたまへ。ここにかく渡りたまふのみなむ、目もあやに、おぼろけならぬこと、と人申す」

 わたしの殿は、やはり人にお似にならず、あまりに誠実でいらして、人からは敬遠されておいでだ。ここにこうしてお越しになるだけが、目もくらむほどで、並々でないことだ、と人が申している」

 など語りけるを、「さこそ言ひつれ」など、人びとの中にて語るを聞きたまふに、いとど胸ふたがりて、

 などと話したのを、「そのように言っていた」などと、女房たちの間で話しているのをお聞きになると、ますます胸がふさがって、

 「今は限りにこそあなれ。やむごとなき方に定まりたまはぬ、なほざりの御すさびに、かくまで思しけむを、さすがに中納言などの思はむところを思して、言の葉の限り深きなりけり」

 「もうお終いだわ。高貴な方と縁組がお決まりになるまでの、ほんの一時の慰みに、こうまでお思いになったが、そうはいっても中納言などが思うところをお考えになって、言葉だけは深いのだった」

 と思ひなしたまふに、ともかくも人の御つらさは思ひ知らず、いとど身の置き所のなき心地して、しをれ臥したまへり。

 とお思いになると、とやかく宮のおつらさは考えることもできず、ますます身の置き場所もない気がして、落胆して臥せっていらっしゃった。

 弱き御心地は、いとど世に立ちとまるべくもおぼえず。恥づかしげなる人びとにはあらねど、思ふらむところの苦しければ、聞かぬやうにて寝たまへるを、中の君、もの思ふ時のわざと聞きし、うたた寝の御さまのいとらうたげにて、腕を枕にて寝たまへるに、御髪のたまりたるほどなど、ありがたくうつくしげなるを見やりつつ、親の諌めし言の葉も、かへすがへす思ひ出でられたまひて悲しければ、

 弱ったご気分では、ますます世に生き永らえることも思われない。気のおける女房たちではないが、何と思うかつらいので、聞かないふりをして寝ていらしたが、中の宮、物思う時のことと聞いていたうたた寝のご様子がたいそうかわいらしくて、腕を枕にして寝ていらっしゃるところに、お髪がたまっているところなど、めったになく美しそうなのを見やりながら、親のご遺言も繰り返し繰り返し思い出されなさって悲しいので、

 「罪深かなる底には、よも沈みたまはじ。いづこにもいづこにも、おはすらむ方に迎へたまひてよ。かくいみじくもの思ふ身どもをうち捨てたまひて、夢にだに見えたまはぬよ」

 「罪深いという地獄には、よもや落ちていらっしゃるまい。どこでもかしこでも、おいでになるところにお迎えください。このようにひどく物思いに沈むわたしたちをお捨てになって、夢にもお見えにならないこと」

 と思ひ続けたまふ。

 と思い続けになる。



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