第六章 大君の物語 大君の病気と薫の看護
3. 中の君、昼寝の夢から覚める
本文 |
現代語訳 |
夕暮の空のけしきいとすごくしぐれて、木の下吹き払ふ風の音などに、たとへむ方なく、来し方行く先思ひ続けられて、添ひ臥したまへるさま、あてに限りなく見えたまふ。 |
夕暮の空の様子がひどくぞっとするほど時雨がして、木の下を吹き払う風の音などに、たとえようもなく、過去未来が思い続けられて、添い臥していらっしゃる様子、上品でこの上なくお見えになる。 |
白き御衣に、髪は削ることもしたまはでほど経ぬれど、まよふ筋なくうちやられて、日ごろにすこし青みたまへるしも、なまめかしさまさりて、眺め出だしたまへるまみ、額つきのほども、見知らむ人に見せまほし。 |
白い御衣に、髪は梳くこともなさらず幾日もたってしまっているが、まつわりつくことなく流れて、幾日も少し青くやつれていらっしゃるのが、優美さがまさって、外を眺めていらっしゃる目もと、額つきの様子も、分かる人に見せたいほどである。 |
昼寝の君、風のいと荒きに驚かされて起き上がりたまへり。山吹、薄色などはなやかなる色あひに、御顔はことさらに染め匂はしたらむやうに、いとをかしくはなばなとして、いささかもの思ふべきさまもしたまへらず。 |
昼寝の君は、風がたいそう荒々しいのに目を覚まされて起き上がりなさった。山吹襲に、薄紫色の袿などがはなやかな色合いで、お顔は特別に染めて匂わしたように、とても美しくあでやかで、少しも物思いをする様子もなさっていない。 |
「故宮の夢に見えたまひつる、いともの思したるけしきにて、このわたりにこそ、ほのめきたまひつれ」 |
「故宮が夢に現れなさったが、とてもご心配そうな様子で、このあたりに、ちらちら現れなさった」 |
と語りたまへば、いとどしく悲しさ添ひて、 |
とお話しになると、ますます悲しさがつのって、 |
「亡せたまひて後、いかで夢にも見たてまつらむと思ふを、さらにこそ、見たてまつらね」 |
「お亡くなりになって後、何とか夢にも拝したいと思うが、全然、拝見していません」 |
とて、二所ながらいみじく泣きたまふ。 |
と言って、お二方ともひどくお泣きになる。 |
「このころ明け暮れ思ひ出でたてまつれば、ほのめきもやおはすらむ。いかで、おはすらむ所に尋ね参らむ。罪深げなる身どもにて」 |
「最近、明け暮れお思い出し申しているので、お姿をお見せになるかしら。何とか、おいでになるところへ尋ねて参りたい。罪深い二人だから」 |
と、後の世をさへ思ひやりたまふ。人の国にありけむ香の煙ぞ、いと得まほしく思さるる。 |
と、来世のことまでお考えになる。唐国にあったという香の煙を、本当に手に入れたくお思いになる。 |