第六章 薫の物語 薫、断腸の秋の思い
8. 薫、宮の君を訪ねる
本文 |
現代語訳 |
宮の君は、この西の対にぞ御方したりける。若き人びとのけはひあまたして、月めであへり。 |
宮の君は、こちらの西の対にお部屋を持っていた。若い女房たちが大勢いる様子で、月を賞美していた。 |
「いで、あはれ、これもまた同じ人ぞかし」 |
「まあ、お気の毒に、こちらも同じ皇族の方であるのに」 |
と思ひ出できこえて、「親王の、昔心寄せたまひしものを」と言ひなして、そなたへおはしぬ。童の、をかしき宿直姿にて、二、三人出でて歩きなどしけり。見つけて入るさまども、かかやかし。これぞ世の常と思ふ。 |
とお思い出し申し上げて、「父親王が、生前に好意をお寄せになっていたものを」と口実にして、そちらにお出でになった。童女が、かわいらしい宿直姿で、二、三人出て来てあちこち歩いたりしていた。見つけて入る様子なども、恥ずかしそうだ。これが世間普通のことだと思う。 |
南面の隅の間に寄りて、うち声づくりたまへば、すこしおとなびたる人出で来たり。 |
南面の隅の間に近寄って、ちょっと咳払いをなさると、少し大人めいた女房が出て来た。 |
「人知れぬ心寄せなど聞こえさせはべれば、なかなか、皆人聞こえさせふるしつらむことを、うひうひしきさまにて、まねぶやうになりはべり。まめやかになむ、言より外を求められはべる」 |
「人知れず好意をお寄せ申しておりますので、かえって、誰もが言い古るしてきたような言葉が、馴れない感じで、真似をしているようでございます。真面目に、言葉以外の表現を探さずにおられません」 |
とのたまへば、君にも言ひ伝へず、さかしだちて、 |
とおっしゃると、宮の君にも言い伝えず、利口ぶって、 |
「いと思ほしかけざりし御ありさまにつけても、故宮の思ひきこえさせたまへりしことなど、思ひたまへ出でられてなむ。かくのみ、折々聞こえさせたまふなり。御後言をも、よろこびきこえたまふめる」 |
「まことに思いもかけなかったご境遇につけても、故父宮がお考え申し上げていらっしゃった事などが、思い出されましてなりません。このように、折々にふれて申し上げてくださるという。蔭ながらのお言葉も、お礼申し上げていらっしゃるようです」 |
と言ふ。 |
と言う。 |