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夢浮橋

第二章 浮舟の物語 浮舟、小君との面会を拒み、返事も書かない   

4. 小君、薫からの手紙を渡す   

 

本文

現代語訳

 この子も、さは聞きつれど、幼ければ、ふと言ひ寄らむもつつましけれど、

 この子も、そうは聞いていたが、子供なので、唐突に言葉かけるのも気がひけるが、

 「またはべる御文、いかでたてまつらむ。僧都の御しるべは、確かなるを、かくおぼつかなくはべるこそ」

 「もう一通ございますお手紙を、ぜひ差し上げたい。僧都のお導きは、確かなことでしたのに、このようにはっきりしませんとは」

 と、伏目にて言へば、

 と、伏目になって言うと、

 「そそや。あな、うつくし」

 「それそれ。まあ、かわいらしい」

 など言ひて、

 などと言って、

 「御文御覧ずべき人は、ここにものせさせたまふめり。見証の人なむ、いかなることにかと、心得がたくはべるを、なほのたまはせよ。幼き御ほどなれど、かかる御しるべに頼みきこえたまふやうもあらむ」

 「お手紙を御覧になるはずの人は、ここにいらっしゃるようです。はたの者は、どのようなことかと分からずにおりますが、さらにおっしゃってください。幼いご年齢ですが、このようなお使いをお任せになる理由もあるのでしょう」

 など言へど、

 などと言うので、

 「思し隔てて、おぼおぼしくもてなさせたまふには、何事をか聞こえはべらむ。疎く思しなりにければ、聞こゆべきこともはべらず。ただ、この御文を、人伝てならで奉れ、とてはべりつる、いかでたてまつらむ」

 「よそよそしくなさって、はっきりしないお持てなしをなさるのでは、何を申し上げられましょう。他人のようにお思いになっていたら、申し上げることもございません。ただ、このお手紙を、人を介してではなく差し上げなさい、とございましたので、ぜひとも差し上げたい」

 と言へば、

 と言うと、

 「いとことわりなり。なほ、いとかくうたてなおはせそ。さすがにむくつけき御心にこそ」

 「まことにごもっともです。やはり、とてもこのように情けなくいらっしゃらないで。いくら何でも気味悪いほどのお方ですこと」

 と聞こえ動かして、几帳のもとに押し寄せたてまつりたれば、あれにもあらでゐたまへるけはひ、異人には似ぬ心地すれば、そこもとに寄りて奉りつ。

 とお促し申して、几帳の側に押し寄せ申したので、人心地もなく座っていらっしゃるその感じは、他人ではない気がするので、すぐそこに近寄って差し上げた。

 「御返り疾く賜はりて、参りなむ」

 「お返事を早く頂戴して、帰りましょう」

 と、かく疎々しきを、心憂しと思ひて急ぐ。

 と、このようにすげない態度を、つらいと思って急ぐ。

 尼君、御文ひき解きて、見せたてまつる。ありしながらの御手にて、紙の香など、例の、世づかぬまでしみたり。ほのかに見て、例の、ものめでのさし過ぎ人、いとありがたくをかしと思ふべし。

 尼君は、お手紙を開いて、お見せ申し上げる。以前と同じようなご筆跡で、紙の香なども、いつもの、世にないまで染み込んでいた。ちらっと見て、例によって、何にでも感心するでしゃばり者は、ほんとめったになく素晴らしいと思うであろう。

 「さらに聞こえむ方なく、さまざまに罪重き御心をば、僧都に思ひ許しきこえて、今はいかで、あさましかりし世の夢語りをだに、と急がるる心の、我ながらもどかしきになむ。まして、人目はいかに」

 「まったく申し上げようもなく、いろいろと罪障の深いお身の上を、僧都に免じてお許し申し上げて、今は何とかして、驚きあきれたような当時の夢のような思い出話なりとも、せめてと、せかれる気持ちが、自分ながらもどかしく思われることです。まして、傍目にはどんなに見られることでしょうか」

 と、書きもやりたまはず。

 と、お心を書き尽くしきれない。

 「法の師と尋ぬる道をしるべにて

  思はぬ山に踏み惑ふかな

 「仏法の師と思って尋ねて来た道ですが、それを道標としていたのに

  思いがけない山道に迷い込んでしまったことよ

 この人は、見や忘れたまひぬらむ。ここには、行方なき御形見に見る物にてなむ」

 この子は、お忘れになったでしょうか。わたしは、行方不明になったあなたのお形見として見ているのです」

 など、こまやかなり。

 などと、とても愛情がこもっている。



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