第二章 浮舟の物語 浮舟、小君との面会を拒み、返事も書かない
5. 浮舟、薫への返事を拒む
本文 |
現代語訳 |
かくつぶつぶと書きたまへるさまの、紛らはさむ方なきに、さりとて、その人にもあらぬさまを、思ひの外に見つけられきこえたらむほどの、はしたなさなどを思ひ乱れて、いとど晴れ晴れしからぬ心は、言ひやるべき方もなし。 |
このようにこまごまとお書きになっている様子が、紛れようもないので、そうかといって、昔の自分とも違う姿を、意外にも見つけられ申したときの、体裁の悪さなどを思い乱れて、今まで以上に晴れ晴れしくない気持ちは、何ともいいようがない。 |
さすがにうち泣きて、ひれ臥したまへれば、「いと世づかぬ御ありさまかな」と、見わづらひぬ。 |
そうはいってもふと涙がこぼれて、臥せりなさったので、「まことに世間知らずのなさりようだ」と、扱いかねた。 |
「いかが聞こえむ」 |
「どのように申し上げましょう」 |
など責められて、 |
などと責められて、 |
「心地のかき乱るやうにしはべるほど、ためらひて、今聞こえむ。昔のこと思ひ出づれど、さらにおぼゆることなく、あやしう、いかなりける夢にかとのみ、心も得ずなむ。すこし静まりてや、この御文なども、見知らるることもあらむ。今日は、なほ持て参りたまひね。所違へにもあらむに、いとかたはらいたかるべし」 |
「気分がとても苦しゅうございますのを、おさまりましてから、やがて差し上げましょう。昔のことを思い出しても、まったく思い当たることがなく、不思議で、どのような夢であったのかとばかり、分かりません。少し気分が静まったら、このお手紙なども、分かるようなこともありましょうか。今日は、やはりお持ち帰りください。人違いであったら、とても体裁悪いでしょうから」 |
とて、広げながら、尼君にさしやりたまへれば、 |
と言って、広げたまま、尼君にお渡しになったので、 |
「いと見苦しき御ことかな。あまりけしからぬは、見たてまつる人も、罪さりどころなかるべし」 |
「とても見苦しいなさりようですこと。あまり不作法なのは、世話している者どもも、咎を免れないことでしょう」 |
など言ひ騒ぐも、うたて聞きにくくおぼゆれば、顔も引き入れて臥したまへり。 |
などと言って騒ぐのも、嫌で聞いていられなく思われるので、顔を引き入れてお臥せりになった。 |
主人ぞ、この君に物語すこし聞こえて、 |
主人の尼が、この君にお話を少し申し上げて、 |
「もののけにやおはすらむ。例のさまに見えたまふ折なく、悩みわたりたまひて、御容貌も異になりたまへるを、尋ねきこえたまふ人あらば、いとわづらはしかるべきこと、と見たてまつり嘆きはべりしも、しるく、かくいとあはれに、心苦しき御ことどもはべりけるを、今なむ、いとかたじけなく思ひはべる。 |
「物の怪のせいでしょうか。いつもの様子にお見えになる時もなく、ずっと患っていらっしゃって、お姿も尼姿におなりになったが、お探し申し上げなさる方がいたら、とても厄介なことになりましょうことよと、拝見し嘆いておりましたのも、その通りに、このようにまことにおいたわしく、胸打つご事情がございましたのを、今は、まことに恐れ多く存じております。 |
日ごろも、うちはへ悩ませたまふめるを、いとどかかることどもに思し乱るるにや、常よりもものおぼえさせたまはぬさまにてなむ」 |
常日頃も、ずっとご病気がちでいらしたようなのを、ますますこのようなお手紙にお思い乱れなさったのか、いつも以上に分別がなくおいでです」 |
と聞こゆ。 |
と申し上げる。 |