桐壷 第一章 光源氏前史の物語 | |
5.故御息所の葬送 | |
本文 | 現代語訳 |
限りあれば、例の作法にをさめたてまつるを、母北の方、同じ煙にのぼりなむと、泣きこがれたまひて、御送りの女房の車に慕ひ乗りたまひて、愛宕といふ所にいといかめしうその作法したるに、おはし着きたる心地、いかばかりかはありけむ。「むなしき御骸を見る見る、なほおはするものと思ふが、いとかひなければ、灰になりたまはむを見たてまつりて、今は亡き人と、ひたぶるに思ひなりなむ」と、さかしうのたまひつれど、車よりも落ちぬべうまろびたまへば、さは思ひつかしと、人びともてわづらひきこゆ。 | しきたりがあるので、先例の葬法どおりにお営み申すのを、母北の方は、娘と同じく煙となって死んでしまいたいと、泣きこがれなさって、御葬送の女房の車に後を追ってお乗りになって、愛宕という所でたいそう厳かにその葬儀を執り行っているところに、お着きになったお気持ちは、どんなであったであろうか。「お亡骸を見ながら、なおも生きていらっしゃるものと思われるのが、何にもならないので、遺灰におなりになるのを拝見して、今はもう死んだ人なのだと、きっぱりと思い諦めよう」と、そのようにおっしゃっていたが、車から落ちてしまいそうなほどに取り乱になるので、さて思った通りだと、女房たちも手をお焼き申す。 |
内裏より御使あり。三位の位贈りたまふよし、勅使来てその宣命読むなむ、悲しきことなりける。女御とだに言はせずなりぬるが、あかず口惜しう思さるれば、いま一階の位をだにと、贈らせたまふなりけり。これにつけても憎みたまふ人びと多かり。もの思ひ知りたまふは、様、容貌などのめでたかりしこと、心ばせのなだらかにめやすく、憎みがたかりしことなど、今ぞ思し出づる。さま悪しき御もてなしゆゑこそ、すげなう嫉みたまひしか、人柄のあはれに情けありし御心を、主上の女房なども恋ひしのびあへり。なくてぞとは、かかる折にやと見えたり。 | 内裏から帝の使いが参った。従三位の位を追贈なさる旨を、勅使が到着してその宣命を読み上げるのが、悲しいことであった。せめて女御とさえ呼ばせずに終わったのが、不満で無念に思われたので、せめてもう一段上の位階だけでもと、御追贈なさるのであった。このことにつけても非難なさる方々が多かった。人の情理をお分かりになる方は姿かたちが素晴しかったことや、気立てがおだやかで欠点がなく、憎み難い人であったことなどを、今になってお思い出しになる。見苦しいまでの御寵愛ゆえに、冷たく妬みなさったのだが、性格がしみじみと情愛こまやかでいらっしゃったご性質を、主上づきの女房たちも互いに恋い偲びあった。亡くなってから人は、と言うことは、このようなことかと思える。 |
1いかめし【厳めし】…【形容詞シク】①威厳がある。厳粛だ。②盛大だ。③激しい。恐ろしい。 2さかし 【然かし】…【連語】そうだね。なるほどそうだ。 3あかず【飽かず】…【連語】①満ち足りない。不満足だ。もの足りない。②飽きることがない。いやになることがない。 4憎み【憎む】…【他マ四】①憎らしがる。嫌う。いやがる。②非難する。とがめる。反対する。 |
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